2024年9月29日、東京・日比谷野外音楽堂。『Just Like This 2024』の開演時間である17時を数十分後に控え、空からは小雨が落ちてきていた。この日は昼過ぎから少量の雨が降ったり止んだりを繰り返していて、立ち見エリアまで埋め尽くすオーディエンスは状況を見ながらレインコートを着たりしている。それでも高揚感がとどまることなく膨れ上がっているのは、このバンドが重ねてきた時間に直結している。
デビュー前のSPYAIRが“夢”として掲げていた大規模な野外ワンマンライヴ『Just Like This』。その初回が2011年の日比谷野外音楽堂で、当時も同じく小雨がパラついた。その後、『Just Like This』は富士急ハイランド・コニファーフォレストに場所を移し、今回の日比谷野外音楽堂に帰ってくるまで8回を数え、中には雨天での開催もあったが、その悪条件を味方につけ、“すごいものを観た”という想いを参戦した者に刻んできた。その記憶と結びついてSPYAIRにとって雨は得がたいライヴに繋がるファクターという意識がある。また今夜が初参戦の観客は会場全体の熱に共鳴して、期待を高めている。
雨が上がり迎えた17時。オンタイムでSEが鳴り、白いムービングライトが蠢く。UZ、MOMIKEN、KENTA、サポートギタリストのtasuku、そしてYOSUKEが定位置に着くと、日比谷野音に重い8ビートが響き渡る。オープニングを飾ったのは『Just Like This 2024』のテーマ曲として書き下ろされた「FEEL SO GOOD」。“前回の日比谷野音で1曲目にやった「Rockin' the World」を今の自分たちが作ったら、改めてこの体制で幕開けみたいな感じがする、と思った”というUZの想いから生まれたナンバーである。オールドなアメリカンロックの空気をたっぷりと吸った無骨でゴキゲンな、少しゆったりとしたサウンドと自由でラフな精神が宿る詞と歌が心の奥底を揺さぶり、楽しみたいという衝動を駆り立てる。初披露にもかかわらず、オーディエンスはクラップを打ち、声を上げ共に歌う。
そしてシンバルカウントからテンポを上げ、雪崩れ込んだ「ジャパニケーション」では、イントロ中にYOSUKEが「いけんのか!」と叫ぶ。特効による破裂音がし、スモークが吹き上がる。ヒリヒリとしたスピードゾーンとディープなグルーヴゾーンをあわせ持つこの曲は、数々のSPYAIRのライヴで爆発的な熱を放出してきた。少しハスキーで豊かに声を響かせるYOSUKEのヴォーカルとUZ、MOMIKEN、KENTAのサウンドがしっかりと噛み合い、この4人だけにしか出せないグルーヴを帯びている。安定感があり、その上でスリルと快楽を音楽に乗せて放つ。それは、現在のメンツになってからの約1年半で共に音を鳴らし、喜びも苦悩も、湧き上がる向上心も、自身の目前の壁を乗り越えたいという想いと足掻きも、笑い合う楽しみも、そこにあったすべてを味わい、時間と経験を積み重ねてきたからこそ得たものである。単に人が集まり音を出すだけでは手にできないこのグルーヴこそが本当のバンドになった証だ。
「ようこそ、SPYAIRのライヴへ」
YOSUKEが発した挨拶代わりのMCに続いた「イマジネーション」では至高のメロディに乗って届く、もがきながらも前に進もうとする意志がグアーっと胸を熱くする。シャープさが増したUZのソロに惹きつけられる。ラスサビでYOSUKEが持ち上げたマイクスタンドを客席に向けると、そこにいる全員が歌声を重ねる。「Rock'n Roll」で、KENTAが叩き出す深いグルーヴが聴く者を揺らし、MOMIKENとYOSUKEが向かい合ってプレイする。“Wow oh, Wow oh……”、イントロから大合唱が巻き起った「WENDY ~It's You~」。YOSUKEがシェイカーを振りアンサンブルに参加した軽やかな演奏と丁寧に言葉を紡ぐ歌が日常の中で溜まった重さから解放してくれる。音楽を介して、“行きたい場所、見たかった世界を探しにいこうよ”“ドキドキしようぜ”という約束が結ばれていく。そして、わずかにパラつき出した雨の中、膨大な熱量をまとった音と歌で“負けんな”とメッセージした「感情ディスコード」へと繋ぎ、変幻自在にボーダレスな音楽を奏で続ける。
雨が止んだ。その空を見上げ、さらに会場を見渡してYOSUKEが、自分自身は日比谷野音に初めて来たことを告げてから、話す。
「13年前と形態は違いますが、SPYAIRという音楽をみなさまのおかげで鳴らせています。その辺にデカいビルがあるんだけど、周りに森があって。ここだけは神聖な場所という気がするんだよね。雨が上がってきていますから、そんなタイミングに合う曲をやりたいと思います」
UZの弾くギターのフレーズが、マジックアワーを迎えた雨上がり直後のウエットで澄んだこの瞬間の神聖な世界観を押し広げる。YOSUKEの歌が嫋やかに響く。演奏されたのはアップミドルテンポの「雨上がりに咲く花」だ。エモーショナルに展開していく音楽が紡ぐ、都会に出て躓きながらも衝動のまま走り出す主人公の姿は、天気という天然の演出を受け、よりリアルに脳裏で像を結ぶ。 “Wow Wow Wow……”と声を上げ歌うオーディエンス。その一人ひとりが闘うのは東京だったり、地元だったり、家庭、学校……それぞれだが、そこで踏ん張る姿が重なっていった。こういった運命と思えるケミストリーが起こるのは野外の醍醐味である。
陽が落ち、虫の鳴き声が聞こえる中始まった「BEAUTIFUL DAYS」は流麗でエモく、“暗闇の中できっと光はある”という想いがすっと心に流れ込んでくる。
その演奏を終えステージの前に来たKENTAが「雨は、“雨上がりに咲く花”をやるための演出なんで」と冗談を飛ばし、「雨が上がんなかったら……、って思ってたんだけど、KENTAさんの演出だったんですね」とMOMIKENが返す。普段の会話の空気を感じさせるトークでほっこりした空気が漂う。そして、ステージにセットされた椅子に4人が座わり、ベース、カホン、アコースティックギター、歌の編成で奏でられた「Stay together」は楽器の温かな音色とヴォーカル、UZのコーラス、観る者が打つクラップと歌が、血の繋がりはないものの信頼し合う兄弟の語らいとして響く。さらに、曲後半の差しかかりの間奏では楽器隊とYOSUKEのスキャットでジャムセッションへと展開、音の会話とミュージシャンシップで会場を飲み込んだ。
「後半戦、ブチ上がる準備はできていますか?」
再びバンド編成に戻り、YOSUKEが言う。すかさずタフな演奏と低音を効かせた太い歌声が轟き、“夢の向こうへ行こう”と誘う「OVER」を皮切りにラストに向けた怒濤のロングスパートに入る。「STRONG」から続いた「JUST ONE LIFE」ではUZ、KENTA、YOSUKEがサングラスをかけて、スタジアムロックを鳴らす。ワイルドでガツンとパンチがある8ビートを叩くKENTA、低音をしっかり支えながら存在感のある音の粒を弾き出しベースラインを生むMOMIKEN、ディレイをかけたフレーズで曲を彩り、さらにヘヴィなリフでリズムに厚みを与えるUZのギターとソリッド&ストロングなYOSUKEの歌。強靱に噛み合った音楽にもっと大きな会場でこのSPYAIRの音を浴びたい、感じたいと思わされる。
そして、「RE-BIRTH」。イントロのスクリームから伸びやかな高音ファルセットにいくヴォーカルワークを取り込んだこの曲は、昨年の『JUST LIKE THIS』のテーマソングとして制作され、YOSUKEを迎えたことで持ち込まれた新しいスパイスを感じさせられた。今、ステージから響いてくる「RE-BIRTH」はしなやかで曲の強度が高まり、〈One more time, I'll be your light ここで We can start again.〉と、観客が声と想いを重ねた時に、広大さを帯びる。4月から5月にかけて行なった『TOUR 2024 -ORANGE-』、ロックフェスを始めとした音楽イベントを経て、楽曲が成長したことをまざまざと知らしめられる。
「現状ディストラクション」で1段高くなっているドラム台に乗ったYOSUKEがKENTAの後ろに回って歌い、曲の後半ではソロを弾くUZを讃える。KENTAとMOMIKENによる躍動的なセッションから入った「RAGE OF DUST」ではUZとMOMIKENがドラム台に乗ってプレイ、ステージ中央でYOSUKEは体を仰け反らせてシャウトをブチ噛ます。4人が放つ熱とエネルギーの奔流に、オーディエンスは声を、拳を上げ、飛び跳ね応える。遊びと楽しみと、生きていこうという想いがたっぷりこもる「サムライハート(Some Like It Hot!!)」では掲げたタオルを旋回させる。
そんな光景にYOSUKEが「最高です、愛してます」と口にする。そして続ける。
「歌うことが怖くなったり、楽しくなくなったりすることもあったけれど、今日、めっちゃ楽しいです! 改めて俺たちバンドマンだな、と思いました。ロックバンドだな、と思いました」
彼が言った怖くなったり、楽しくなくなる、それはSPYAIRでの時間に限ったことではないだろう。YOSUKE自身、かつてインディーズバンドで歌い続け、バンドの解散とソロの時間を味わい、SPYAIRというメジャーバンドに飛び込んで1年闘ってきた。UZ、MOMIKEN、KENTAにしても、SPYAIR結成から約19年の中で、プレイヤーとして上手くなりたいから苦しんだり、思うようにいかなくて嫌になったこともあったと思う。それは好きだからこそ抱える想いだ。それでいて4人はどうしようもなくバンドマンで、この上なく音楽とバンドが好きだから今もここで音を鳴らしている。バンドだからお互いに高め合い、時間を共有し、このメンツだけのグルーヴを生み出し、それを固める。ライヴでこれだけの熱を放出する。そしてこの時間のためにまた己と闘う。この“好きだからこそ”味わう苦みと幸福は対象こそ違っても、この日比谷野音にいる一人ひとりが持っているものではないだろうか。だからこそ、SPYAIRの音楽にこんなにも惹かれ、共鳴しているんだと思う。
YOSUKEは、スタッフとここに集まった人、さらにSPYAIRを牽引してくれたジャパニーズカルチャーであるアニメへの感謝を伝える。
届くのは、『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』の主題歌でもある「オレンジ」、全世界で累計1億回以上再生されている曲だ。照明がステージを夕陽の色、オレンジに染める。丁寧な演奏と感情が溢れる歌で織られていく壮大さと刹那を内包した曲に乗って、もう1度が存在しない1瞬1瞬の連なりである“今”の尊さが流れ込んでくる。
そして、この楽曲に織り込まれたメッセージ、出会いと別れへの想いが、聴く者それぞれの中の記憶と結びつき、感情を刺激する。事実として、「オレンジ」は多くの人とSPYAIRとの出会いの1曲となったわけで、満員の日比谷野音で聴くこの曲は、寂しさよりも幸せが勝っていて、怖がらずに自分らしくこの音楽と共に進んでいけるように感じた。
本編の最後を飾ったのは、「JUST LIKE THIS」だった。仲間との絆を描いた曲が、開演からここまでにあった想いと熱を包み込み、日比谷野外音楽堂で真っ直ぐに響き渡った。
鳴り止まないコールに応え、再びステージに現れたSPYAIRはスペシャルな贈り物を持っていた。この時点では放送前のTVアニメ『青のミブロ』のオープニングテーマとして書き下ろした最新曲「青」の初お披露目である。シンバルカウントからUZのエッジの立ったギターが切り込んでくる。ほぼバンドの生音のみの少ない音数による演奏はスピードよりも内包する熱を伝え、膨よかなヴォーカルはサビで突き抜け、燻っていたところから歩き出そうとする心の移ろいを心地よい響きの中で伝えてくる。初演ならではの緊張感が曲の持つ瑞々しい青さと、1歩1歩を大切に踏み出す力を鮮明に描き、この瞬間にしか聴けない「青」が届いた。
「SPYAIRの音を絶やさずに僕たちと一緒にバンドライフを歩んでいきましょう」
そうYOSUKEが話し、日比谷野外音楽堂では、ラストナンバーの「SINGING」が奏でられている。オーディエンスが声の限り歌い、飛び跳ねる。この強固な繋がりも、今夜のライヴのすべての一瞬と感情も、SPYAIRのグルーヴとバンドのタフネスを作っていく。それは、11月4日の川崎CLUB CITTA'からスタートした『SPYAIR TOUR 2024 - AO -』に繋がり、さらにその先の未来を切り拓いていく力となる。
この4人のSPYAIRは1年半の積み重ねでもっと大きな場所でも観たいと感じさせるほどのバンドになった。そして、同時にまだ完成していないと思わせてくれるだけの器の大きさと可能性を持っている。
SPYAIR 『Just Like This 2024』 at 日比谷公園大音楽堂 2024.09.29
Set List
01. FEEL SO GOOD
02. ジャパニケーション
03. イマジネーション
04. Rock'n Roll
05. WENDY ~It's You~
06. 感情ディスコード
07. 雨上がりに咲く花
08. BEAUTIFUL DAYS
09. Stay together(Acoustic)
10. OVER
11. STRONG
12. JUST ONE LIFE
13. RE-BIRTH
14. 現状ディストラクション
15. RAGE OF DUST
16. サムライハート(Some Like It Hot!!)
17. オレンジ
18. JUST LIKE THIS
〈encore〉
19. 青
20. SINGING
SPYAIR TOUR 2024 - AO -
◉11月4日(月・祝) 神奈川 CLUB CITTA’
◉11月17日(日) 福岡 DRUM LOGOS
◉11月21日(木) 北海道 札幌ペニーレーン24
◉11月23日(土) 宮城 仙台Rensa
◉12月1日(日) 大阪 なんばHatch
◉12月2日(月) 愛知 Zepp Nagoya
◉12月16日(月) 東京 Zepp Haneda (TOKYO)
【料金】スタンディング 6,500円(税込)
※川崎・東京・名古屋・大阪公演は2階指定席あり
※入場時別途ドリンク代必要
※3歳以上チケット必要
SPYAIR
スパイエアー。'05年にオリジナルメンバーで結成。'10年のメジャーデビュー以降、積極的なリリースと圧倒的なライヴパフォーマンスで人気を博す。'23年4月新ヴォーカルにYOSUKEが加入し現体制となる。11月4日のCLUB CITTA’を皮切りに、現在『SPYAIR TOUR 2024 - AO -』ツアーを開催中。
・青
・ジャパ二ケーション
(Live at EX THEATER
・ROPPONGI 2024.5.5)
・ROCKINʼ OUT
(Live at EX THEATER
ROPPONGI 2024.5.5)
・青(Anime Size)
※期間生産限定盤のみ
・青(Instrumental)